2013年8月2日(金)

阿弥陀様はキリスト教のマリア信仰?

都市鑑定アドバイザリー(株) 不動産鑑定士 田中祥司

副島隆彦氏著書の「隠された歴史 そもそも仏教とは何者か?」出版社PHP研究所と言う非常にインパクトのある本を読みました。。“仏教の阿弥陀様、観音菩薩はキリスト教のマリア信仰から来ている。” という強烈な主張の本です。

何故各地にある観音菩薩像が柔らかな体の線を持ち、女性にしか見えないか。阿弥陀如来像もしかり。これを仏教関係者に聞いても、男性、女性を超越した存在などと答えるだけ。これを「キリスト教のマリア様を信仰しているから」と言い切ってしまう凄い本です。

・浄土宗宗祖の法然とともに、比叡山を放逐された浄土真宗の宗祖親鸞。親鸞は「南無阿弥陀仏とただひたすら阿弥陀如来の名前を唱えよ。そうすれば救われる。」と説いた。南無阿弥陀仏とは阿弥陀様に帰依すると言う意味。まさしくこれはキリスト教の「ただ神の名(アーメン)を唱えるだけで良い」であり、新約聖書ローマ人への手紙10章13節「主の名を呼び求める者は誰でも救われる」という思想と全く同じ。

・浄土宗の言う「西方浄土」。中国、日本から見て西の方を「専修念仏」で一生懸命拝みなさいと言う思想。浄土とは一切の煩悩や穢れを離れた清浄な国土、仏様の住む世界を言う。この西方とはエルサレムのことを言っている。キリストの墓があり、これが西方浄土の根拠となっている。拝んでいる阿弥陀如来は、イエスの奥さんであるマグダレーナ・マリア(確かにMariaとAmidaだと母音の配列が一緒)。

・日本の仏教学者、仏僧たちは、自分たちの宗教(浄土宗、浄土真宗、日蓮宗)はキリスト教と同じものであり、デリバティブであることに気付いているはずだが、これを絶対に言おうとしない。

・ブッダの生きている時のブッダ教団は、500人くらいの出家者で構成されていた。これが後の五百羅漢像になる。

・2世紀頃(150年頃)にはキリスト・マリア信仰(民衆救済思想)は爆発的な力となって、北インドで仏教と混ざった。そして阿弥陀様、観音様が産まれた。キリスト教のキャノンとは聖典の意味で、観音の語源はキャノンだろう。ブッダの死後、だんだんと壮言な嘘の大理論が作られて、次々と経典(仏典)となっていった。法華経の中に「観世音菩薩が現れてこの世を救う」とブッダから聞いたと弟子のシャーリープトラーが書き残したとある。しかしブッダが死んだBC500年には、阿弥陀様も観音様もいない。

・チベット仏教の曼荼羅図(まんだらず)。真中にいるのは大仏様(大日如来、盧舎那仏)。その脇に釈迦如来像がいる。これはキリスト教の神(ゼウス、デウス、Deus)の脇に神の子キリストがいるのと同じ構図。大仏=デウス、キリスト=お釈迦様と言う位置づけ。7世紀に生まれたチベット仏教は、まさしくローマカトリック教会の思想をベースにしている。

・空海が806年に真言宗として日本に伝えた密教の正体は、チベット仏教であり、ローマカトリック教会の仕組みそのものだった。

・観世音(観自在)菩薩をブッダよりもひたすら祈りの対象とするのが「観音経」。天台宗も日蓮宗も法華経の第25章「法華経」を聖典とする宗派はすべて、“観音様=アヴァローキテーシュヴァラ=マリア様”をひたすら崇拝している仏教。

・中国の敦煌の石窟にある釈迦7人像。釈迦のすぐ両隣が弟子。その次に二人の美人の女神「比丘尼(びくに)」がいて、これが観音と弥勒。そして外側に鬼のような顔をしたガードマンがいる。これが「天」、「明王」と呼ばれる軍人、護衛兵の仏像で、毘沙門天や不動明王が有名。すべてヒンドゥー教の神たちである。そもそもブッダの教えに、「天」とか「明王」はいない。

・観音のモデルは、ゾロアスター教(BC7世紀頃)の女神であるアナーヒター。この教えがペルシャからインドに伝わり、ヒンドゥー教(バラモン教)の中で人々に絶大な人気が出た。

・密教では、釈迦の他に大日如来と言う別の大きな仏様がいる。密教は大日如来を本尊として宇宙を想定する宗派。密教には「マントラ(真言)」、すなわち真理の言葉と言うものがある。僧侶たちが独占する難しい仏教である。護摩を焚く儀式に則った加持、祈祷を行い、病気快癒のお祈りをするのが中心。

・密教の教えである天台宗も真言宗も、ヒンドゥー教の神々を仏教の中に取り入れ、それを曼荼羅の宇宙観の中に序列化した。生身のまま現生で仏になる「即身成仏」を唱える。

・禅宗は出家者(僧)自己一人の悟りへの修業を大切にする。ヒーナヤーナ(小乗仏教)がゴーダマ・ブッダの教えを忠実に守っている。ひたすら座禅をすること、「公案」で激しく議論をすること以外は何もしない。

・中国の三国志に出てくる関羽は中国人に人気がある。英雄として切られて死んだ将軍だが、死んだ後に皇帝になったとして道教の寺院で祀られている。これが「関帝廟(かんていびょう)」。中国の民衆は孔子廟には行かず、関帝廟に行く。道教とは中国に伝わったもっとも古いキリスト教。その思想の中心は「民衆を救済する、助ける」という思想。道教(Taoism)は老子が創設したものではない。

・中国の法輪功は、仏教、道教、キリスト教が混じった民衆信仰。2000年の間、連綿と続いている。中国人(13億人ではなく実際には15億人いる)のうち8億人が貧しい農民。この農民たちが暴動を起こしたら、中国共産党も手を付けられない。現在中国では法輪功が厳しく弾圧され、政治勢力にならないようにもの凄い神経を尖らせている。

・菩薩とは、サンスクリット語でボーディーサッターで、菩提薩多の省略形。悟りを開こうと熱心に修業している者。悟りを開いた者は如来になる。

・ブッダと阿弥陀如来、観音菩薩、弥勒菩薩は別人である。おっぱいが膨らんでいる観音菩薩もたくさんある。耳飾り、首飾りの装飾品を身に付けているところは女性と同じ。

・そもそもブッダの教えは民衆の救済(大乗仏教)ではない。ブッダの教えは徹底的に無神論。空とは無。人間は死ねば一切が消える、と言うのがブッダの教え。

・釈迦の十大弟子の一人がアーナンダ(阿難)。釈迦が55歳から80歳までの25年間、弟子として釈迦に付き添う。釈迦が死んだ後に、アーナンダの記憶に基づいてブッダの教えである経典が作られた。もう一人の有名な弟子が、舎利佛(シャーリープトラ)。バラモンの出でインテリだった。サンスクリット語が書けて話せたので、初期の仏典が今も残っている。

・釈迦如来、阿弥陀如来、大日如来、薬師如来が四如来とされている。

・ブッダの本当の教えは、「すべてはうつろう。ゆえに私(ブッダ)を頼りにするな。自らを頼りに生きろ。他社に依存するな。自己を支えとして生きよ。」というもの。今の仏教の教えと全く異なった内容。

・日本には538年に仏教伝来。百済聖明王から大和朝廷に仏典が贈呈されている。その一つが法相宗。その内容は「人間は死んだらすべて終わりであり、消滅して無に帰る。」という内容。仏教の中に色々な宗派があるが、一番釈迦の教えに近いのが法相宗である。

確かに途中からブッダの教えとは、どんどん違う方向に変わっていったようです。でも民衆が宗教にすがり、救いを求めていたのであればその期待に応えるのは、それはそれで正解だと思います(法然さん、親鸞さんのように)。念仏を唱えれば救われてしまう大乗仏教は、分かり易く禅問答に比べれば大いに民衆に役だったはず。

但し、ゾロアスター教からキリスト教、これがインド経由で中国に伝わり、日本でまた良いように解釈される。そして誰に何を拝んでいるのか全く知らないでいる自分がそこにいます。

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