弘前の第八師団と蜂の飾り

都市鑑定アドバイザリー（株） 不動産鑑定士　田中祥司

　戦前の弘前は、日本帝国陸軍第八師団が置かれる軍都でした。第八師団は日清戦争直後の明治３１年（１８９８年）に軍備増強のために増設された六個師団のひとつです。現在の弘前大学医学部辺りにありました。

　当時の状況として、ロシアとの一戦は避けられないとの緊張が高まり、対ロシア戦準備のため寒冷地での訓練を第八師団が行いました。明治３５年１月に八甲田山における行軍訓練が行われ、死者１９９名という惨事「八甲田山・死の彷徨」が起きます。その後第八師団は、明治３７年の日露戦争、朝鮮出兵、大正１０年のシベリア出兵、満州事変など、アジア極東地域の戦争の主力となっていきます。

　富国強兵の主力であった帝国陸軍には膨大な予算が投入され、陸軍関係者の使う遊行費で弘前の町も潤ったようです。いずれは戦争で死ぬかもしれないと言う軍人たちは刹那的にもなり、料亭を使い酒を呑み芸子と遊ぶ。普通の庶民よりはお金もあった軍人たちは、食事にも金が回り、フレンチレストランやカフェなどもできたようです（もちろん、弘前の商人は結構お金持ちも多かったので高級レストランが多くなった面はあるのでしょうけど）。

　江戸から明治になり、お城を出た大名だった殿様達は城外に別邸を建てますが、弘前の殿様津軽公もお城の南にある御幸町に別邸を建てます。この跡地に陸軍将校達が寛ぐ社交場「偕行社（かいこうしゃ）」を作る話が持ち上がります。偕行社は陸軍将校の社交場ですが、物販、厚生施設としても使われました。ちなみに海軍将校の社交場は水光社（すいこうしゃ）です。

　弘前の第八師団偕行社はこの津軽公別邸跡地（約22,000㎡）に明治４０年（１９０７年）に建てられました。延床９８０㎡の木造平屋のイタリアルネッサンス風デザインですが、翼を広げた設計は当時の軍関係施設の特徴を顕しています。設計・建築をしたのは、弘前の陸軍関係の施設を一手に引き受けていた名棟梁・堀江佐吉です。着工後２か月で佐吉は他界したので、その後の工事は長男彦三郎に引き継がれました。

　入り口付近に残っている鉄製の飾りには「蜂」がデザインされています。第八師団だから、蜂をモチーフに使ったそうです。「八」だから「蜂」か。洒落ています。

　しかし待てよ？蜂で有名なのは、フランスの皇帝ナポレオン。ナポレオンの紋章は「蜂」。そうか！第八師団は皇帝ナポレオンの強さにあやかりたかったのではないか！

　勝手にそう解釈しましたが、それに触れた文献はありません（もしかしてだけど、私が最初の提唱者？）。ちなみに、ナポレオンの宝石類の御用商人だったのがフランスのＣｈａｕｍｅｔ（ショーメ）。だからショーメの基本デザインは、ナポレオンと同じ蜂をモチーフにした物になっています。

　戦後の偕行社一帯は、昭和２０年に保育園の先生の学校「弘前女子厚生学院（現・弘前厚生学院）」となります。昭和５５年までは、弘前女子厚生学院と「みどり保育園」の保育舎として使用されていました。堀江佐吉の作った貴重な建物が壊されずに奇跡的に残った。それも保育園として！その後も偕行社の建物は「弘前厚生学院記念館」として現役で使用されていました。

　平成１３年に国の重要文化財に指定され、平成２５年から４年がかりで修復工事が行われています。前回の修復作業は堀江佐吉の流れをくむ堀江組が担当していました（今回の修復も堀江組が行っているのでしょうか？）。修復が完成するのは、平成２９年。今回弘前に行った時は修復中で見られなかったので、２年後の修復完了を心待ちにしています。

　第八師団長は歴代中将が任命されていますが、第八師団長官舎は大正６年（１９１７年）に建設されました。終戦後は一時米軍の進駐部隊の司令官宿舎として使用された後、昭和２６年（１９５１年）に弘前市に払い下げられ、市長公舎として利用されました。

　その後、第八師団長官舎は弘前市役所隣地に保存されていましたが、弘前市役所の増築工事の伴い、弘前城外堀に面した所に移築され、ここがカフェに生まれ変わります。弘前初の出店となるスターバックスです。行った時は丁度スタバのクルーが開業前の記念写真を撮っていました。

　スターバックス誘致にあたってもひと悶着あったようです。洋食レストランと喫茶店が山ほどある弘前にこれ以上喫茶店は必要ない。何か新しいことをやろうとすると、まずは「えふりこぎ（見栄っ張り、いい恰好しい）」と反対するコンサバ市民からはそういう声もあったそうです。しかし観光客からすれば、歴史のある師団長官舎でコーヒーを飲みながら寛げるなんて最高の気分です。ちょうどお濠の前で雰囲気もあるし、きっと人気のスポットになるはずです。 

　　　　　　第八師団長官舎の説明書き

　　　　　　開業前に合わせて記念撮影するスタバのクルー達 

　スターバックスになった第八師団長官舎、２年後に修復完了する旧偕行社。洋館、歴史好きには堪らないラインナップが弘前に加わります。 

追記１　現在の陸上自衛隊の第８師団は熊本市にあります。九州南部（熊本県、宮崎県、鹿児島県）の防衛警備、災害派遣を任務とし、担任区域に約９６０の離島があり、離島防衛が重要な任務となっています。紋章には蜂のデザインはなく、数字の「８」が盛り込まれています。