2011年8月20日(土)

弘前と前川國男

都市鑑定アドバイザリー(株) 不動産鑑定士 田中祥司

 ハートストック研究会でご一緒の二木さんから、「前川國男と弘前」というムック本を頂きました(AHAUS創刊号、青森市の出版会社)。前川國男(1905年~1986年)は、昭和初期から活躍した日本を代表する建築家で、1928年にパリに渡り、フランスの超有名設計士ル・コルビュジェに弟子入りした人物です。

 上野の国立西洋美術館の基本設計は、ル・コルビュジェの日本でただ一つの作品ですが、実施設計を行ったのは前川國男、坂倉準之助たちのル・コルビュジェの弟子たちです。上野公園では東京文化会館も前川國男の設計として有名です。丹下健三が東京大学工学部を卒業して入所した事務所も前川國男設計事務所です。

 そんな有名な前川國男が設計した建物が、弘前には数多くあります。弘前出身のかみさんに聞いても、全く要領を得ません。「前川國男?誰よ、それ?」

「えーと、俺だって実物を見たことなくてしゃべってるんだけど、弘前市役所だとか、弘前市民会館。弘前市立病院に弘前市立博物館。斎場まで設計しているってさ」

「へー凄いじゃない。みんな地元では有名な建物よ。設計した人が誰かなんて、全く知らなかったけど。でも、市民会館で有名なのは建物より棟方志功の緞帳(どんちょう)ね。もの凄い立派なんだから」

 弘前市民会館HP http://www.hi-it.net/~shiminkai/ 

 頂いたムック本「AHOUS」によると、フランスに行った時に知り合ったのが弘前出身の木村隆三氏。木村氏は亡き祖父の遺志を継ぎ、弘前に設立する「木村産業研究所」の設計を前川國男に依頼します。日本に帰国して最初に手掛けたのがこの木村産業研究所であり、27歳の時の作品です。

 その後名声を上げた前川國男に対し、弘前市長の藤森氏が弘前市役所建替えの設計を依頼します。ちょうど上野の東京文化会館を建設中で、藤森市長は文化会館を見てから前川事務所まで訪ね、直接設計を依頼したそうです。このことにいたく感激した前川國男は、市役所の設計を引き受けその後も弘前市の数多くの公共建築を手掛けることになりました。弘前市民会館、弘前中央高校講堂、弘前市立病院、弘前市立博物館、弘前緑の相談所、弘前市斎場と、弘前市民にとっては無くてはならない建物ばかりです。

 弘前市民会館の時は前川國男も棟方志功が緞帳を描くに当たって書いた原画が気に入り、最後まで事務所に飾っていたそうです。最後の晩年の作品となるのが、弘前の斎場となります。

 昔の弘前には先取の精神が溢れ、芸術を分かるリーダーが何人かいたということでしょう。それが前川國男設計事務所が設計した名建築が10棟も残っている証拠です。しかし現在の弘前市は、先人の功績、現存する文化価値をあまり上手に生かしていないようです。弘前の名棟梁堀江佐吉でも書きましたが、貴重な観光資源として上手に活用して欲しいと思います。

追記)シドニーでは、オペラハウス(世界遺産)の中を見学するツアーが人気です。弘前だって公演が無い時は、市民会館の棟方志功の緞帳を見学できるツアーを作ればよいと思っています。

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