2010年8月24日(火)

4-7 コンストラクション・マネジメント

都市鑑定アドバイザリー(株) 不動産鑑定士 田中祥司

 日本の建築業界は、「重層構造」であると言われています。それは頂点にゼネコンが君臨し、その下に専門建築業者(サブコン)、さらにその下に様々な規模の下請け業者が入るピラミッド構造になっているからです。通常のゼネコンの大規模な建築現場では、トップに工事所長、以下に副所長、工事主任、そして各担当係員というような配置をしています。そして専門業種毎に各サブコンから職長と呼ばれる責任者を配しているのです。

 日本の工事請負は一般に「総額請負」と呼ばれる、図面や仕様書で示された内容を総額の請負金額で所定の工期内に完成させるというものです。まさしくゼネコンが工事全てを、着工から竣工・引き渡しに至るまで責任を負っています。設計も含めた、いわゆる「設計施工」で請負という場合も多くあります(合理的な施工を踏まえた設計を行う事でコストをダウンさせる事が出来る)。発注者にとっては、この「総額請負」方式は、最初に取り決めた工事費と工期で業者が工事全てに於いて責任を持って完成させてくれるので安心感が持てます。

 しかし総額の工事請負である反面、その工事費の内訳詳細が表に出てこない為に、本当はどれ程の費用がかかっているのかは、発注者には分かりません。その昔、土建業がいわゆる「ドンブリ勘定」と呼ばれた所以です。 

 逆に海外の建築現場はどうなっているでしょうか。欧米では、日本のゼネコンに当たるような総合請負建築業社は小規模の特定の業者以外はあまり存在しません。多数の分業化された専門工事会社と、これを取りまとめる工事監理会社で成り立っているのです。ちなみに東京湾岸道路の工事を担当して有名になったアメリカのベクテル社は、正確な意味では日本で言うゼネコンではなく(ちなみにゼネコンは和製英語で海外では通じません)、同じ請負会社でも工事監理会社の意味合いの方が強いでしょう。 

 欧米の建築現場では、一般的に完全分業性となっており、請負方式としては「単価請負」の場合が多いと言えます。発注者に対して、それぞれの業種毎に単価と数量を計上しますが、総額ではなくあくまで単価で契約するのです。数量については実際に施工を行った分だけ精算していきます。従って、契約当時の工事総額が竣工時には増減している事は珍しくありません。その支払いについても月毎の出来高払いが多いようです。

 日本の工事代金の支払では、元来着工時に10%、上棟時に10%、竣工時に80%というように、3回に分けて支払う例が通常ですが、これは上記の様に契約の方式そのものからくる違いも大きく影響しています。しかし、昨今の工事途中でのデベロッパーの破綻による工事費支払い不能の事態が続き、多くのゼネコンや下請け業者が資金回収出来ないケースも生じました。これに伴い、日本のこれまでの支払い方法についても見直しが叫ばれています。 

 近年日本においても、ゼネコンが一括で全ての工事を請負うのではなく、設備工事会社、基礎工事会社、鉄骨会社、電気設備業者、外壁工事専門業者、内装工事会社など専門業種毎に各専門業者に発注する分離発注方式をベースにした発注形態が出て来ました。これは、それぞれの工事毎に競争入札する事で工事費の内訳を明確に示し、そのコストを下げるというのが目的でした。そして、これらの分離発注された専門業者を全てとりまとめる監理会社を発注者の代理人としてプロジェクトに配置するという「コンストラクション・マネジメント」という手法が提唱されました。

 コンストラクション・マネジメントの一番の利点は、建築工事費の詳細内訳、原価が明確になることです。コンストラクション・マネジャーは、発注者にどの工事にどれだけの費用が掛かるか、具体的に提示することができます。 

 しかし、思ったほどには、このコンストラクション・マネジメントはあまり浸透していないようです。なぜかと言うと、一つには現在の建築工事の過当競争で全体的に工事費が下がり、わざわざ分離発注しなくともゼネコン1社に低コストで発注出来るという事があります。また、他の理由として工事施工と監理を分ける事でかえって発注者サイドの手間暇がかかるケースもあるからです。それほど、日本に於いてはゼネコン方式が定着してきた風土・風習があったとも言えるかも知れません。

 施主の方も将来建てたビルを売却しようとするとき、名前が無名のコンストラクション・マネジメント業者に建築を任せた時と、それなりに名前の知れたゼネコンの施工という場合、どちらが有利か考えます。普通であれば次に買う人も、名前の知れたゼネコンが工事したほうが安心であると考えるでしょう。そういうこともあり、ゼネコンが一括で請負うと言うスタイルがまだまだ主流となっています。 

 また、日本独自の総額請負方式というシステムは一見どんぶり勘定の様に見えても、実は発注者のさまざまなリスクをも請負って工事を遂行してきた面も見逃せません。分離発注する事で個々の業種のコストは低減できても、業種間の繋ぎの仕事やどちらの業種に属するか分かりにくい不透明な部分については誰が責任を負うのかという問題もあります。また日々直面する近隣対策のようなトラブルに対しての処理やその費用を新たに追加費用として、その都度計上して行かなければならないという面もあります。

 設計と施工の責任範囲や業種毎の責任分担等の微妙な部分での仕分けが難しい局面が実は現場では頻繁に起こっているのです。通常はそれらをゼネコンが全て請負の中の一環として日々対応しているのです。

 さらに全ての業種の内訳を明確にし分離発注して行く場合には、欧米並みの契約書や取り決め、商習慣が必要ですが(必要であれば弁護士の雇用もあり得ます)、日本の市場がそれに対応出来ていないのが現状でしょう。そんな煩雑な事に煩わされるぐらいなら、一括して信用できるゼネコンに任せてしまおうというのが未だに日本の現在の姿です。 

 そんな中でも現在では独立系のコンストラクション・マネジメント会社やコンサルタントも出てきており、大手設計事務所がCM子会社を立ち上げる場合もあります。また、大規模の工事においては、設備工事等の一部の業種のみを別途発注する発注者のケースも出て来ているようです。 

 欧米並みに一気にCMが普及するとは思えませんが、工事費の内訳を明確にして行く動きは続いて行くでしょう。同時に、これまでゼネコンに肩代わりさせていた発注者自らが負担するリスクの内容も明らかになり、それらにどの様に対処しコスト負担していくかという議論も出てくる事でしょう。

*監修加筆を五洋建設㈱山田茂樹さんにお願いしました。

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